「人生の午後」という言葉をご存知ですか?
人生の午前:外へ向かう成長
心理学者ユングが遺した言葉です。
ユングが言う「午前」とは、
・社会的な役割を築く
・家族、仕事、地位、成功を手に入れる
・自分を外の世界で証明する
こうした”外向きの成長”が中心の時期のことです。
いわば、社会的な自分を育てていく時間ですね。
人生の午後:内へ向かう成熟
一方「午後」は、午前で築いてきたものを少しずつ手放し、内面へと向き合っていく時期です。
ユングはこんな言葉を残しています(要旨)。
午前のやり方をそのまま午後に持ち込んでしまうと、魂が枯れてしまう。
つまり午後とは、
・午前の課題を”片付ける”時期ではなく
・午前とは別の価値観で、もう一度生き直す時期
なのだそうです。
私はこう解釈しました
午前に抱いた夢は、午後になってから本当の形で叶うのかもしれません。
若い頃の夢は、まだ未熟な形の願望です。
午後になって、経験や痛み、学びを重ねることで、その夢は本質だけを残して姿を変えていく。
そんなふうに思っています。
午前に抱いた夢は、経済的な事情や環境、学力、あるいはその時々で目に入った別の道など、さまざまな理由で叶えられなかったかもしれません。
でも、午後になってから、まったく別の形で叶っていることもあるのではないでしょうか。
私自身の場合
私は小学生の頃、学校の先生、看護師、新聞記者になりたいと思っていました。
振り返ると、ずいぶん幅の広い夢ですよね。
そして人生の午後に入った今、講師、介護福祉士、そしてnoteでの発信という形で、その願いに近いものが、少し姿を変えて叶っています。
人生の午前でたくさん見て、聞いて、やってみたことは、決して無駄ではなく、午後を豊かに生きるための準備だったのかもしれません。
あなたはどうですか?
見方を変えてみると、あなたも気が付かないまま、いろいろな形で願いを叶えているのかもしれませんね。
ここから少し、noteには書かなかった話を
noteでは「形を変えて叶っている」というところで終わりにしました。
でも、書いたあとで、もう少し考えたことがあるんです。
夢の「肩書き」ではなく「動き」を見てみる
先生、看護師、新聞記者。
並べると、ばらばらの夢に見えますよね。
でも、肩書きを外して「何をしている人か」で考えてみたら、ちょっと見え方が変わりました。
先生は、人に何かを伝えて、わかってもらう人。
看護師は、弱っている人のそばにいる人。
新聞記者は、起きていることを言葉にして届ける人。
こうしてみると、私の中ではわりと一本の線だったのかもしれません。
誰かのそばで話を聞いて、それをわかる言葉に置きかえて渡す。
今の「会話と心の翻訳家」という仕事は、たぶんその線の上にあるんだと思います。
小学生の私に聞いたら、きっと「なにそれ」って言われると思いますけど。
肩書きのままだと、「なれなかった」で終わってしまいます。
でも、その夢の中で自分が好きだった「動き」に目を向けると、叶っている部分が意外と見つかることがあります。
午後に入ったとき、つまずきやすいところ
ユングの「午前のやり方を午後に持ち込むと枯れてしまう」という話。
これ、カウンセリングの場でも、近いことを感じる場面があります。
役職を降りたり、子どもが手を離れたり、体が前ほど動かなくなったり。
そういう節目で、気持ちが沈んでしまう方は少なくありません。
話を聞いていると、「もっと結果を出さないと」「役に立たないと価値がない」という、午前の物差しをまだ握っている方が多いように感じます。
午前のあいだは、その物差しが自分を引っぱってくれていたんですよね。
だから、手放すのがこわい。
それは自然なことだと思います。
私も、正直まだ手放しきれていません。
「もっとちゃんとやらなきゃ」と、自分にきつく言ってしまう声は、今もときどき出てきます。
そういうときは、「あ、また午前の私が出てきたな」と思うようにしています。
追い払うというより、「今までありがとう」くらいの気持ちで。
よかったら、ちょっとだけやってみてください
紙とペンがあれば、5分くらいでできます。
子どもの頃になりたかったものを、思いつくだけ書いてみてください。
ケーキ屋さんでも、宇宙飛行士でも、何でもいいです。
そのあと、それぞれの横に「その仕事の何が好きだったか」を書いてみます。
「きれいなものを作る」とか、「知らない場所に行く」とか、そのくらいで大丈夫です。
最後に、今の毎日の中に、それに近いことがないか眺めてみてください。
仕事じゃなくても、趣味でも、家の中のことでもいいです。
何も見つからなくても、がっかりしなくていいと思います。
「これから午後に足してみたいもの」が見つかった、ということなので。
私も、史跡巡りがどの夢とつながっているのか、まだよくわかっていません。
新聞記者の「現場に行って見たい」あたりかな、と思ったりはしていますけど。
(画像:生成AI作成)


コメント