誰にも染まらなかった透明が、あなたの美しさをつくる
前の職場に、時代にずれた意見を大きな声で言う人がいました。
人の手柄を平気で自分のものみたいに扱う人もいたし、意地悪な感じで人を仲間外れにする大人もいました。
その中にいた時期、私は能面みたいな顔をして過ごしてました。
聞いてないふりをして、意見も出さずに、何を考えてるか相手にわからないようにする。
それが、あの場所で自分を守る方法でした。
染まりたくなかったわけじゃなくて、染まりようがなかった、という感じに近かったです。
でも顔だけは平静を装って、中身はすり減っていく。
そんな時期でした。
そこから抜け出せたのは、後進が何人かできたことがきっかけでした。
慕ってくれて、必要としてくれる子たちがいて。
その子たちのために頑張ろうと思えたことで、少しずつ自信を取り戻していった気がします。
能面でいた時期の自分を、今振り返ると嫌いじゃないです。
あの顔のまま、意見を曲げずに済んだから、後で誰かの役に立てる自分が残ってたんだと思います。
染まらなかった部分は、あの時は防御でしかなかったけど、今になって、ちゃんと意味を持ち始めてる気がします。
能面の時期を、カウンセラーとして振り返ってみると
ここからは、noteには書かなかった話です。
あの頃のことを、今の仕事の目線で少し見直してみました。
能面は「何も考えていない顔」ではなかった
能面でいるって、外から見ると、ただ黙ってやり過ごしているように見えると思います。
でも、中では結構いろいろ動いてたんですよね。
「この人の言うことはおかしい」「でも今ここで言っても通らない」と、ずっと判断してました。
表に出さなかっただけで、自分の物差しは手放してなかった。
たぶん、それがあったから「染まりようがなかった」んだと思います。
黙っていることと、相手に合わせてしまうことは、似ているようでちょっと違うのかなと。
じゃあ、なんで中身はすり減ったのか
人とのやりとりの中で受け取る反応のことを、私は「ふれあい」と呼んでいます。
笑いかけられる、声をかけられる、意見を返される。
そういうものが行き来していると、人の心はわりと元気でいられます。
能面でいるあいだは、自分を守れる代わりに、このふれあいもほとんど止まります。
こちらから出さないから、向こうからも返ってこない。
嫌な言葉は入ってこないけど、うれしい言葉も入ってこないんですよね。
すり減った理由は、嫌な人たちのせいだけじゃなくて、こっちの面もあったんだと今は思います。
後進の子たちがくれたもの
後進の子たちがきっかけになったのは、「必要とされた」からだと思っていました。
もちろんそれもあります。
でも今思うと、止まっていたふれあいが、また動き出したのが大きかった気がします。
教える、聞かれる、ありがとうと言われる。
あの子たちの前では、能面をかぶる必要がなかったんです。
自分から何かを渡せる相手がいると、人ってちょっとずつ顔が戻ってくるんだなと。
ちなみに、あの子たちに伝えていたことの中身は、能面の時期に曲げずに持っていた考えでした。
そこが、つながってるなと思うところです。
もし今、能面の時期にいるなら
無理に外さなくていいと、私は思っています。
あの場所では、あれがいちばん現実的な守り方でした。
今のあなたも、たぶん考えてそうしているんだと思います。
ただ、ひとつだけ気にしてほしいことがあります。
家に帰っても顔がほどけない、好きなことをしても何も感じない。
そんなふうになっていたら、すり減りが思ったより進んでいるのかもしれません。
そういうときは、職場じゃないところに、能面を外せる場所をひとつ持っておくといいかなと思います。
昔からの友だちでも、行きつけのお店の人でも、ペットでもいいです。
私の場合は、それがたまたま後進の子たちでしたけど、もっと早く外に見つけておけばよかったな、とは少し思ってます。
それと、黙っていた自分を、あとから責めないでほしいです。
言わなかったぶん、ちゃんと残っているものがあると思うので。
それがいつ役に立つかは、正直わからないんですけどね。
私も、気づいたのはずいぶん後でした。
(画像:生成AI作成)


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